最高裁判所第一小法廷 昭和44年(し)53号 決定 1969年9月11日
申立人
前田利明
同
前田光雄
右申立人らにかかる裁判官忌避申立却下決定に対する即時抗告事件について、昭和四四年八月九日福岡高等裁判所のした即時抗告棄却決定に対し、申立人らから特別抗告の申立があつたので、当裁判所は、次のとおり決定する。
主文
原決定および第一審決定のうち、白井裁判官に対する忌避に関する部分を取り消し、これを福岡地方裁判所に差し戻す。
真庭裁判官に対する忌避に関する本件抗告を棄却する。
理由
本件抗告趣意は、別紙のとおりである。
所論にかんがみ、職権により調査するに、原決定およびその維持する第一審決定のうち、裁判官白井博文に対する忌避に関する部分は、取り消しを免れないが、裁判官真庭春夫に対する忌避に関する部分については、本件抗告を棄却すべきものと考える。その理由は、以下のとおりである。
まず、白井裁判官に対する忌避に関する部分について判断する。
刑訴法および刑訴規則は、公平な裁判所による公平な裁判を保障することを目的として、その総則において、一定の事由の存するときは、裁判官は当然に職務の執行から除斥されるべきことを規定し(刑訴法二〇条)、その実効を期するため、右除斥事由があるとき、または不公平な裁判をする虞があるときは、検察官および被告人に忌避の申立権を認めるとともに(同法二一条一項)、裁判官は、忌避事由があると思料するときは、みずから回避しなければならない旨を規定している(刑訴規則一三条一項)。除斥、忌避および回避の制度は、窮極においては、終局判決の公正を期するものではあるが、それは、単に公判手続における裁判官の職務執行を対象とするにとどまらず、広く裁判官の職務執行一般を対象とするものであることは、右規定が総則に存するという条文の配置およびその文言上明らかであるといわなければならない。
本件において、申立人らの忌避の申立は、付審判請求事件(刑訴法二六二条)の審理を担当する地方裁判所の合議体(同法二六五条一項)を構成する裁判官を対象とするものである。付審判請求は、現行法において、はじめておかれた制度であるが、それは、特殊の犯罪について、検察官の不起訴処分の当否に対する審査を裁判所に委ねたものであり、その審査にあたる裁判所は、いうまでもなく、職務の独立性を保障された裁判官をもつて構成され、かつ、その権限は極めて広範なものである(刑訴法二六五条二項)。かような裁判所を構成する裁判官について、その職務執行の公正を期するため、除斥、忌避および回避の規定の適用のあることは、その制度のおかれた趣旨等にかんがみるときは、いうをまたずして明らかである。
もつとも、刑訴法二〇条二号、三号、五号および二一条一項には、「被告人」の文言が使用され、あたかも、公訴提起の後にのみ、右諸規定の適用があるかのごとくである。しかし、法律の条文は、文理による解釈ももとより重要ではあるが、必ずしもこれにとらわれることなく、立法の沿革、制度の趣旨等を広く考慮し、目的論的な見地から合理的な解釈をする必要があることも、また、多言を要しないところである。したがつて、刑訴法二〇条二号、三号、五号および二一条一項に、被告人の文言が使用されていることは、付審判請求事件について、裁判官の除斥、忌避および回避の諸規定が適用されるとする解釈の妨げとなるものではない。
以上の次第で、刑訴法二一条一項に忌避申立権者として定められた被告人には、当然に付審判請求事件の被疑者も含まれると解しなければならない。これに反する原決定およびその維持する第一審決定は、同条項の解釈、適用を誤まつたものであり、これを取り消さなければ著しく正義に反すると認められる。よつて、憲法三七条一項違反の論旨につき判断するまでもなく、職権により、原決定および第一審決定のうち、白井裁判官に対する忌避に関する部分を取り消し、さらに審理を尽くさせるため、これを第一審裁判所に差し戻すべきものである。
次に真庭裁判官に対する忌避に関する部分について判断する。
真庭裁判官が、昭和四四年八月五日付で宮崎地方裁判所に転補され、本件の付審判請求事件の審理を担当する裁判所の合議体の構成を離れたことは、当裁判所に顕著な事実である。したがつて、真庭裁判官に対する忌避の申立は、その対象をうしない、現在においては、同裁判官に対する忌避の申立を却下した第一審決定およびこれを維持した原決定を取り消す実益を欠くに至つたというべきであるから(昭和二六年(し)第九六号同二九年四月二六日大法廷決定、刑集八巻四号五三九頁参照)、結局、この部分に関する本件抗告は、論旨につき判断するまでもなく、棄却を免れない。
よつて、主文第一項につき、刑訴法四三四条、四二六条二項を、主文第二項につき、同法四三四条、四二六条一項を適用し、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。(岩田誠 入江俊郎 長部謹吾 松田二郎 大隅健一郎)
<参考・原審決定>―――――――――
(福岡高等昭和四四年(く)第四一号、忌避申立却下決定に対する即時抗告申立事件、同四四年八月九日第二刑事部決定・特別抗告、原審福岡地裁)
〔主文〕
本件各即時抗告を棄却する。
〔理由〕
本件各抗告申立理由は、いずれも記録に編綴の被疑者前田光雄とその弁護人荒木新一連名提出の即時抗告申立書並びに被疑者前田利明とその弁護人国府敏男、同上田正博連名提出の即時抗告申立書(添付の忌避申立補充書を含む)にそれぞれ記載されているとおりであるから、いずれもこれを引用する。
よつて記録を調査するに、原審は本件各忌避申立に対し、付審判裁判所は公判裁判所とはまつたく異質の性格を有し、その地位機能はいわば捜査官としての検察官の地位、機能に近似すること、刑事訴訟法には付審判請求事件の被疑者らが不公平な裁判をする虞があることを理由に右事件の裁判官を忌避できる旨の規定がないことおよび一般に被疑者に対し裁判官並びに検察官の忌避申立を許容する規定がないことを理由として、本件被疑者らおよび弁護人らに忌避申立権がない旨判断し、本件忌避申立を却下する旨決定したことが明らかである。
当裁判所も、刑事訴訟法第二一条は忌避申立権者として検察官又は被告人およびその弁護人のみを挙げていること、そして、右被告人のなかに被疑者(付審判請求事件の被疑者を含む)を含ましめるべき合理的理由がないととから、本件被疑者らおよび弁護人らに忌避申立権はないものと判断する。
そもそも、憲法第三七条一項は「すべて刑事事件においては、被告人は、公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を有する」と規定し、しかして、刑事訴訟法は右憲法の要請に応じて、偏頗な裁判をする虞のある裁判官を職務の執行から排除するため除斥、忌避、回避の制度を設けているのである。すなわち、裁判官に偏頗な裁判をする虞のある一定の類型的事由(除斥事由)があるときは、その裁判官を法律上当然に職務の執行から排除する(同法第二〇条参照)が、検察官又は被告人及びその弁護人においても、裁判官に除斥事由があるとき、又は不公平な裁判をする虞があるときは、当該裁判官の職務の執行から排除するため忌避の申立をすることができ(同法第二一条参照)、更に裁判官は、忌避されるべき原因があると思料するときは、その職務の執行を回避しなければならない(刑事訴訟規則第一三条第一項参照)のである。
そして、公平な裁判所による公平な裁判の保障は、それが被告人の段階たると、被疑者の段階たるとを問わず、常に要請されるべきところであるから、除斥および回避の制度が裁判官のすべての職務の執行について適用されることはいうまでもないところであつて、裁判官は被疑者に関する裁判に当つても、除斥事由があれば当然その職務の執行から排除され、また忌避されるべき原因があると思料するときは、自らこれを回避すべきものであつて、除斥事由および忌避されるべき原因があるにもかかわらずなされた裁判官の職務の執行は、それが被告人に関するものであると被疑者に関するものであるとを問わず、その効力を否定されるべきものと解すべきである。
しかしながら、被告人は既に公訴を提起され、公開の法廷で訴訟当事者として公判裁判所の判決を受ける立場にある者であるのに対して、被疑者は単に公訴提起前に犯罪の嫌疑があるものとして捜査を受けている者に過ぎないから、両者の間に幾多の共通点が存するとしても、訴訟法上の取扱に差異の存することはまことに当然の事理といわなければならない。すなわち、被疑者はいまだ憲法第三七条第一項に所謂公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を有する被告人には該当しないから、刑事訴訟法第二一条は、被疑者に忌避申立権を与えることはいたずらに裁判事務の遅延をきたす原因ともなりかねない点をも考慮して、被疑者の段階においては、公平な裁判所による公平な裁判の保障も、一応は除斥および回避の制度の運用にゆだね、これによつてもなお忌避されるべき原因が看過された場合においては、被疑者が他日被告人となつた段階において忌避原因があつた裁判官によつてなされた職務の執行の効力を争うことによつてこれが是正されることをもつて足るとして、忌避申立権を検察官又は被告人およびその弁護人に限定したものと解すべきであつて、刑事訴訟法第二二条の規定の趣旨からもこのことは容易に窺うことができ、右の刑事訴訟法の解釈をもつて、前記憲法の条項およびその精神に違反するものとはとうていなすことができない。
してみれば、所論の付審判裁判所の特種性と強大な権限およびその裁判の重要性等を種々考慮しても、刑事訴訟法第二一条の被告人のなかに付審判請求事件の被疑者を含ましめるべきものと解することはできず、したがつて本件被疑者らおよびその弁護人らの忌避申立を許容することはできないから、本件各忌避申立はこの点においてとうてい却下を免れず、原決定にはなんら所論のような憲法違反ないし法令の解釈適用の過誤は存しない。
そこで、本件各即時抗告はいずれも理由がないものと認め、刑事訴訟法第四二六条第一項にしたがつて主文のとおり決定する。(岡林次郎 山本茂 緒方誠哉)
<参考・第一審決定>――――――――
(福岡地方昭和四四年(む)第五九八号・同第五六四号、裁判官忌避申立事件、同四四年八月四日第四刑事部決定)
〔主文〕
本件各申立はいずれも却下する。
〔理由〕
第一 本件各申立の趣旨
頭書請求事件につき裁判官真庭春夫、同白井博文が関与し審判することは不公平な裁判をする虞があるので忌避する。
第二 本件各申立の理由要旨
一 本件特別公務員暴行凌虐ならびに公務員職権濫用付審判請求事件(昭和四四年(つ)第一号。以下本件付審判請求事件と略称する)は、現在福岡地方裁判所第三刑事部(裁判長裁判官真庭春夫、裁判官白井博文外一名の構成する合議体)に係属し、申立人前田光雄および前田利明はその被疑者の一人として各指定されているものである。
二 ところで右第三刑事部は、昭和四三年一月一六日午前七時半過ぎごろ国鉄博多駅において三派系全学連所属学生約三〇〇名と博多駅鉄道公安機動隊および博多駅公安室長(被疑者前田光雄)の要請により出動した福岡県警察機動警ら隊(被疑者前田利明は福岡県警察本部長)とが接触した所謂博多駅事件に関し、被告人福田政夫に係る公務執行妨害被告事件(昭和四三年(わ)第七一号)を審理し、翌四四年四月一一日右被告人に対し無罪の判決をなした(検察官控訴により目下福岡高等裁判所に係属中)が、当時裁判官真庭春夫は裁判長として、裁判官白井博文は左陪席裁判官として右公務執行妨害被告事件の審理判決に関与していたので、右両裁判官がなおも右博多駅事件を巡り右被告事件と表裏一体の関係に立つ本件付審判請求事件の審理に関与することは裁判官の除斥事由である刑事訴訟法第二〇条第七号所定の所謂「前審関与」に準じ許されないものと考えるべきである。
三 加えて、右第三刑事部は、右公務執行妨害被告事件について、被告人らに無罪を暗示しながら審理を進めたと疑う事情があるうえ、判決においても警察機動警ら隊員らによる警備実施の目的、方法につき強い非難の念を示しているので、右被告事件の裁判に対する偏執の念にとらわれ本件付審判請求事件についても不公平な審判をする虞がある。
第三 当裁判所の判断
一 本件記録に徴すると、被疑者に対する本件審判請求事件が現在福岡地方裁判所第三刑事部(裁判長裁判官真庭春夫、裁判官綱脇和久、裁判官白井博文)に係属していることは明らかである。
二 そこで、まず付審判請求事件における被疑者が当該付審判請求を審理・裁判する裁判所(以下付審判裁判所と略称する)の裁判官に対して忌避申立をすることができるか否かについて判断する。
現行刑事訴訟法は、検察官の起訴独占に対する唯一の例外として、刑法第一九三条乃至第一九六条等の罪について検察官の不起訴処分がなされた場合、告訴人等はその検察官所属の検察庁の所在地を管轄する地方裁判所(すなわち付審判裁判所)に公平な立場からその事件を審判に付するか否かの決定をなすよう求めることができ、付審判裁判所は右請求が理由あるものと判断したときは該事件を管轄地方裁判所(以下公判裁判所と略称する。)の審判に付する旨の決定をなすべきものとし、右決定によつて公訴の提起があつたものとみなし、該事件が公判裁判所に係属することとなり、爾後指定弁護士において右公訴維持のため検察官たる職務を行なうものと定めているのである。すなわち、刑事訴訟法の構造からすると、付審判裁判所は公判裁判所とは全くその地位ならびに機能を異にし、言わば捜査官としての検察官の地位・機能に近似するのである。
更に、付審判裁判所の付審判手続と公判裁判所の公判手続とを比較してみても、公判手続が原則として公開のもとに検察官と被告人・弁護人との二当事者の対立構造を基本として展開され、その判決は事件の実体について確定力を有するのに対し、付審判手続は、全くの非公開であるうえ、付審判裁判所の職権による事実の取調べが基本とされ、その決定に事件の実体について何等の確定力も有しないなど、手続面においても付審判裁判所は公判裁判所とは全く異るのである。
現行刑事訴訟法が裁判官が不公平な裁判をする虞があることを理由に忌避の申立をすることができると規定する趣旨は、裁判それ自体が本質的にその使命とする公平なる裁判を裁判所の組織と構成の面から確保しようとするものであるが、先に述べたように付審判裁判所が公判裁判所とは全く異質の性格のものであること、現行刑事訴訟法が付審判請求事件の被疑者らに付審判裁判所の裁判官につき不公平な裁判をする虞のあることを理由に忌避の申立ができるとする何等の規定も有していないこと、更には一般的にも被疑者に裁判官ならびに検察官に対する忌避の申立を許容する旨の規定を有しないことなどを合せ考えると、付審判請求事件の被疑者およびその弁護人に刑事訴訟法第二一条第一項後段、第二項の適用ないし準用はなく、未だこの段階においては付審判裁判所の裁判官に対し忌避を唱えてその職務の執行から訴訟法上排除するによしないものといわざるをえない。
よつて本件各申立はいずれも不適法であるから、その余の点を判断するまでもなく、却下すべきものとし、主文のとおり決定する。(渕上寿 池田久次 山内喜明)